2014年 01月 04日
6日目 帰国に向けて
ヴァルナ空港に着いたら、すごい霧!
選手団のフライトは欠航に。
ヴァルナから首都ソフィアまで約6時間かけてバスで移動することに。そして、24日には成田に帰れるはずが、結局は、私と同じ25日の帰国となり、成田でまた合流することになった。
ウィーン行きのフライトは若干の遅れは合ったものの欠航にはならなかった。
相変わらず息子は、「じゃーね−。元気で!」程度で、見送る素振りもない!!
俺は抱きしめたいぐらいなのに!
さよならブルガリア!何一つ観光してないけど。
また孤独な一人旅が始まるのか・・・と思うとすこしばかり気が滅入る。
ウィーンも霧。そして相変わらずグレーな空。
今日のホテルは、日本で予約したウィーン市内のホテル。空港からは列車で30分ぐらい。
初めての列車の切符もなんとか買えて、無事市内に到着。
なんだか、行きと違って帰りのウィーンは調子がいい!
駅から徒歩5分のホテルに早速チェックイン。
結局今日も移動で終わってしまった。もう19時だし。
だけど、さすがは都市だ。街はきれいで店も空いてる。
ホテルを出て、駅ビルのスーパーで夕食を買う。サラダ・ピザ・マヨネーズ・ビール。
ついでにおみやげのお菓子と何故かニョッキ。そして本屋で立ち読み(読めないけど)。
なにか記念にと思い、スープのレシピ本を購入。もちろん読めないけど。
ホテルのフロントの女の子も可愛いし愛嬌あるし、「アリガトウ」なんて日本語で言ってくれるし、自分の英語も6日目だけあってなんだか通じるし聞き取れる。
それだけど、気持ちが楽になり、孤独感が全くなくなった。不思議なもんだ。
ホテルに戻ると、息子からメールが。
「ソフィアに着いたよ。こっちは大丈夫だよ」
旅は子供を大きくさせているんですかねー。
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by kaztosshin
| 2014-01-04 00:26
| 外出
2014年 01月 03日
4・5日目 予選・決勝
孤独は嫌いじゃないけど、海外での孤独は本当に孤独感を感じましたね。
ただ、空港やホテルはほぼWi-FiがOKなので、LINEやFacetimeでリアルタイムで、しかも無料で日本にいる家族と話ができることに、改めて驚きました。
余談はともかく、今回は、日本人グループは4つの班に別れ、班単位での行動でした。
試合会場に到着し、早速選手たちは班ごとにウォーミングアップを始めていました。
皆同じだとは思いますが、息子も日本の大会以上に緊張していたらしく、話しかけても「うん」「わかってる」とか必要最低限の言葉しか発しませんでした。
息子は、「12-13歳、35kg以下」のクラス。トーナメントを見ると14人。4回勝てば優勝ですが、口で簡単に言うほど勝負は簡単ではありません。おまけに、今まで経験したことのない外国人と戦うわけですからね。
1回戦は9試合目。その時はすぐやって来ました。セコンドに付いた私の緊張もいつも以上でした。
しかし、あれ?相手が出てこない。あれ?
結果、不戦勝。
ラッキー7日なんだかわからないけど、拍子抜けしてしまいました。
息子は、初の外国人との試合に相当な緊張をしていましたが、この不戦勝で随分楽になったようで、よく喋るようになりました。
次の試合は54試合目。随分先のように感じられますが、実際はそうでもなく、再び緊張感がやって来ました。
2回戦目の相手は秋の大会でも戦っている日本の強豪チームの選手。
秋の大会ではかろうじて勝利することが出来ましたが、今回も勝利できるとは限りません。
油断大敵とは言いますが、まさに油断した時こそ隙が生じます。
試合開始。息子は秋の試合でそうだったように膝を多様していました。
それはそれでいいのかもしれないし、もちろん実際に戦っているのは息子であり、それが有効と思ってそうしているんだろうけど、ちょっと膝に夢中になりすぎている感がありました。
お互い、有効打もないまま2分がたち、試合終了。
ドキドキの判定。
赤2(うちの息子は赤)、引き分け2。
あとは主審の判定・・・。
主審、赤!よって息子の勝利!!!
あー、よかった!
今回もかろうじて勝利することが出来ました。
3回戦、相手は2回戦と同じように、秋の大会の決勝で対戦し負けた選手です。
彼は2回線の選手と同様、強豪チームに所属し、大会で連覇を成し遂げている選手。
うちの息子には大きな壁の選手です。でも、今回はそんなことは言ってられません。
折角選ばれた日本代表。そして自分の通う道場からただ一人の代表。
彼だから勝てない。そういう気持ちでいたら、その時点で負け。相手は同じ小学6年生。とにかく自信を持つしかないのです。今まで道場の先生に教えてきてもらったこと、そして自分の得意とする技をぶつけていくしかないのです。私自身は空手の経験はありません。正直テクニック的なことを教えることはできない気もしますし、こうしろああしろというのは息子を迷わすだけだと思い、とにかく勝ちたい気持ちをぶつけろとだけ伝えて、セコンドに付きました。
試合開始。早々に技有りを取られてしまいました。やはり、彼はブレていません。足もよく伸びます。
その後も重心のしっかりした彼の攻撃が続き、なんとか凌ぐ息子。技を出すもガードされ、の繰り返しで試合終了。
息子の世界大会は終了しました。
涙は流していなかったものの、言葉少なな息子。しばらく1人にして私は同じ班の選手の試合を見に他の席に移動しました。
ほどなく、元の席に戻った時には、息子も落ち着いており、仲間の選手の応援をしていました。
準決勝で敗退した息子。3位決定戦もなく、今日の全試合が終了。
明日は決勝だけだから、3位確定???ということは一応入賞か?
翌日。
各階級の決勝。
どの試合も、勝ちたい!という気持ちがよく表れていました。
年齢・体重が上になるに連れ、試合内容も激しく、熱い試合が展開されていました。
そして、いつの日か、また息子が代表に選ばれ、決勝の舞台に立てたら!という思いもこみ上げてきました。
全試合が終了。
うちの息子は結果3位入賞ということで、表彰台にたち、大きなトロフィーをいただくことが出来ました。結果は結果としてですが、誰も知り合いのいないこの大会に1人で参加し、初めての世界大会で入賞でき、息子にとっては大きな自信になったのではないかと思います。私も、ウィーンではどうなることかと思いましたが、この光景を目の当たりにできて本当に幸せでした。
次回の大会の代表に選ばれるかどうかは、これからの息子次第。本人が中学に行っても空手を続けるかどうかも息子次第ではありますが、自分自身課題をまだクリア出来ていないことを通関しているようだし、準決勝で終わってしまったことを相当悔しく感じているようなので、これからも息子が続ける限りは陰ながらサポートしていきたいと思っています。
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by kaztosshin
| 2014-01-03 03:27
| 外出
2014年 01月 03日
3日目 再会
海外経験豊富なわけでもないから、こんなことまでやってくれるとは思ってなかったし、最悪ホテルのベンチで寝ようと思っていたんですけどね。
なので、なんの予備知識もないまま、タクシーに乗り、30分ぐらいでウィーン市内のホテルに到着。
ザ・ヨーロッパ的な町並みに感動しつつも、どうしても不安が拭えない。
「明日の朝は、8時半までには迎えに来るから!」とお互い片言の英語での約束だったので、果たして本当にタクシーは来るのか・・・。そんな不安がどうしても拭えなかった。
もし、タクシーが来なかったら、今度こそ終わりだ(試合時間に間に合わないという意味)。
不安が拭えないまま、あまり眠ることなく朝を迎える。
タクシーが来るという8時半より30分も早くチェックアウト。
たばこを吸いながら待っていた。
同様にオーバーブッキングを食らい、偶然にも同じホテルに泊まっていたブルガリア人のタクシーが来た。そして、待つこと10分。
私の名前を訪ねてくる男が。タクシーのドライバーだ!
拭うことのできなかった不安が晴れた。
「あー、良かった!」
安心したら急に腹が減り、空港で朝食。無事ブルガリア・ヴァルナへ向けてフライト&爆睡。
とおもいきや、1時間半ぐらいで到着。
入国審査を終え、ホテルまでのタクシーを探していたら、同じホテルに泊まっていたブルガリア人と出くわした。
実はここでも・・・
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by kaztosshin
| 2014-01-03 01:59
| 外出
2013年 12月 20日
2日目 非常事態
日照時間の短い冬のウィーン。
外は日本のスキー場ぐらいの寒さ。
早めにホテルをチエックアウトし空港へ。
10時の飛行機でブルガリアへ・・・と思ったら、オーバーブッキングで、自分の座席がない!
えっ?えっ?えっ?
どうすんの?先に預けた荷物は?
おまけに、航空会社のシステムがダウン。
お先真っ暗…。
ようやくシステムが回復し、明日のフライトでブルガリアには飛べることになり、ひと段落。
次に先に預けた荷物の回収。
いろいろとたらい回しにされたけど、なんとか回収できた。
英語は読めるけど、話ができない。伝えたいことも伝わらない。みんな早口で話すから、SLOWLY!っ言ってお願いして、なんとか聞き取ったものはいいものも、40を過ぎて腐り始めてきた脳味噌だとなかなか理解するのに時間がかかります。
改めて、英語力が必要だと痛感させらせました。
そして、明日は果たして大丈夫なの?俺…。
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by kaztosshin
| 2013-12-20 00:40
2013年 12月 20日
ウィーン
長時間のフライトを終え、ウィーンに到着。午後4時なのに外は暗い。
そういや、日照時間短いって書いてあったな。
空港から歩いてすぐのホテルにチェックイン。
ホテルのレストランはとても高いので、空港に戻ってMacで夕食。
見渡しても日本人が少ないウィーンでした。
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by kaztosshin
| 2013-12-20 00:24